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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)2151号 判決

第二、一五一号事件控訴人(以下第一審原告という)

石田春男

第二、一五一号事件被控訴人(以下第一審原告という)

第二、一七三号事件被控訴人

灘清子

第二、一五一号事件被控訴人(以下第一審被告という)

第二、一七三号事件控訴人

東和信用組合

主文

第一審原告石田春男および第一審被告東和信用組合の本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、第二、一五一号事件については第一審原告石田春男の、第二、一七三号事件については第一審被告東和信用組合の各負担とする。

事実

第一審原告石田訴訟代理人は「原判決中、第一審原告石田に関する部分を取り消す。主位的請求として、第一審原告石田と第一審原告灘および第一審被告組合との間で、第一審原告石田が昭和四一年一二月七日付第一審被告組合の別段預金債権金二、三六九、〇九二円の債権を有することを確認する。予備的請求として、第一審原告石田と第一審原告灘との間で、第一審原告石田が別紙目録記載の供託金の還付請求権を有することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告灘、第一審被告組合の負担とする。」との判決を求め、第一審原告灘、第一審被告組合各訴訟代理人は「第一審原告石田の控訴を棄却する。控訴費用は第一審原告石田の負担とする。」との判決を求め、第一審被告組合訴訟代理人は「原判決中、第一審被告組合の敗訴部分を取り消す。第一審原告灘の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告灘の負担とする。」との判決を求め、第一審原告灘訴訟代理人は「第一審被告組合の控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告組合の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、第一審原告石田

本件定期預金は、第一審原告石田が、灘つねの使者としてしたのではなく、また灘つねの代理人として代理名義を表示してしたものでもない。本件定期預金は、第一審被告組合の職員である第一審原告石田が自己の名義で、みずから、組合に預金したのであり、架空名義でもなければ、他人名義の無断使用でもない。したがつて、第一審被告組合は灘つねが預金したことを了知する余地はなく、本件定期預金契約は、第一審原告石田と第一審被告組合との間に成立したものというべきである。

二、第一審原告灘

本件においては、灘つねが第一審原告石田を通じて第一審被告組合と定期預金契約をなしたもので、唯預金名義人として「石田春男」の名前を使用したにすぎない。およそ金融機関に対し預金する者が自己自身の名義を使用するとは限らないことは第一審被告組合のような金融機関たるものの知悉するところである。さればこそ弁済に際しては特に証書の占有および届出印鑑の押捺の調査が必要となるのである。本件定期預金契約においても、支払いをする場合には証書の受領欄に記名の上、届の印章を押して証書を差し出す旨定められているから、第一審被告組合は証書と届出印鑑の占有者にのみ弁済すべきものである。

したがつて、第一審被告組合は、本件定期預金を相殺するについては、第一審原告石田に証書と届出印鑑を差出させて決済し、残額を記載した新証書を交付すべきであるから、証書と届出印鑑の占有者でない第一審原告石田につき、これら占有に関する調査をつくさなかつた過失は免れないというべきである。

三、第一審被告組合

1  灘つねが金六〇〇万円を出捐したとしても、それは、同人自身で定期預金をすれば金利は通常の銀行利子であるが、第一審原告石田が預金した場合は組合職員として有利な割増利子が付くため、灘つねは右金員を第一審原告石田に預け、同人がこれを第一審被告組合の定期預金として契約したのであり、その際右石田から同人がつねの代理人であるという表示をうけなかつたことは勿論である。したがつて、灘つねと第一審被告組合間には何らの契約関係はなく、本件定期預金につき第一審原告石田が灘つねの使者であつたとか、代理人であつたということは到底ありえないのである。

また、本件定期預金がなされた後に、第一審被告組合が本件定期預金の預金者が第一審原告石田であることに疑問を生じさせる事情の存在を知つたとしても、そのことは預金契約締結後の問題で契約自体に何ら影響するところはないから、第一審被告組合が契約者たる第一審原告石田以外の者に義務を負うべきいわれはないというべきである。

2  第一審被告組合は、定期預金名義人たる第一審原告石田自身に対して善意で相殺したのであり、相殺は預金の支払いではなく、証書の確認や交付は必らずしも必要としないし、また債権の準占有者であるには必らずしも債権証書の占有を要件とするものではないから、第一審被告組合がなした相殺(弁済)は準占有者に対する弁済として有効であるというべきである。

理由

一、当裁判所もまた、第一審原告灘の請求は原判決認容の限度で理由があり、第一審原告石田春男の請求は理由がないと判断するもので、その理由は次に訂正付加するほか原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一三枚目裏一一行目冒頭「以上」から一四枚目表一行目「ほかはない。」までを次のとおり変更する。

「ところで、記名式定期預金にあつては、名義の如何を問わず、また、金融機関が誰を預金者と信じたかに関係なく、預金を実質的に支配している者、換言すれば自己の出捐により自己の預金とする意思で自らまたは使者、代理機関を通じて預金契約をした者をもつて預金者と認めるのが相当である。

そこで、前認定の事実関係によると、本件定期預金は灘つねが第一審原告石田の勧めに応じて「石田春男」名義を使用して自己の預金とする意思で自ら金六〇〇万円を出捐し、右石田の持参した定期預金申込書に保管中の「石田」の印鑑を押捺して同人を代理人ないし使者として手続を一任した結果なされた預金契約であり、第一審原告石田から本件定期預金証書の交付をうけ、以来「石田」名義の印鑑とともに右証書を所持していたのであるから、前記説示にてらし、本件定期預金の預金者は第一審原告石田ではなく、灘つねであると認めるのが相当である。前認定のように灘つねが金利が良くなるため「石田春男」名義で定期預金をしたことは、右認定を左右するものではない。」

2  同一四枚目表一二行目「無効である。」の次に「(なお、右合意解除につき表見代理の類推によつてこれを有効とすべき理由のないことは後記(二)(1)ないし(4)で認定する合意解除のなされるにいたつた経緯にてらし明らかである)」を加える。

3  同一四枚目裏五行目の「前記認定事実や」の次に「前掲甲第二号証」を挿入する。

4  同一五枚目裏三行目冒頭「かつた」の次に「(右定期預金預金契約において、支払を請求する場合には証書の受領欄に記名の上届出の印章を押して証書を差し出すべき旨定められている)」を挿入する。

5  同一五枚目裏八行目「到底いえない」の次に「し、かりに善意としても無過失とはいえない」を挿入する。

6  同一六枚目表六行目「い。」の次に「(なお、第一審被告組合主張の右各支払が債権の準占有者に対する善意の弁済と認められないし、かりに善意としても無過失の弁済とは認められないことは後段(四)(1)ないし(5)認定の事実関係にてらし明らかである)」を加える。

7  同一八枚目裏二行目「六九条二項」とあるを「七一条、六二条一項」と訂正する。

二、よつて、原判決は相当であり、本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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